この文章は、私が数週間前にトーストマスターのミーティングで行ったスピーチについてである。
先週のテーブルトピックの中で、メキシコで行った夜のロッククライミングについて話をしたが、今日のテーマはそれに関するものにしたい。冒険についてだ。
私がそのクライミングについて話したとき、とてつもなく危険で高い場所での挑戦だったように聞こえただろう。まるでクライマーは絶壁を舞台にした蟻のようだからだ。しかし、思うほど怖くはないものだ。私とパートナーには何年もの屋外ロッククライミング経験があり、高さや転落の恐怖を徐々に克服できるよう修練を積んでいる。絶壁自体にある恐怖は「高さ」だけである。しかし下界の全てのものがミニチュアのように見えるような高さに身を置いている間、不思議な事にその高さの脅威をうまく掴めないのだ。例えば、小さなトラブルに見舞われ、ロープが引っかかってしまったときなど、不思議とパニックにはならない。
そういうときはただ、残りのロープの長さを再調節し、安全にロープを使用する。私にとって、暗闇の中のクライミングは新鮮で、少しばかり緊張してしまうが、いざ深い暗闇の中に入り込むと、心配する必要など何もないことに気づくのだ。
ロッククライミングである必要はない。飛行機に飛び乗り、イラク一人旅をすることでも冒険を味わえる。対照的に、私が先に述べた「冒険的に生きる」ということは以下を意味することを忘れないでほしい。それは、社会から自由になることであり、人生をよくするために自分自身に挑戦すること、精神を開花させること、または単純に毎日の暮らしを充実させることなのだ。
数週間前友人宅を訪れた際に見たルルレモンのリサイクルショッピングバッグ。それに書かれた言葉が忘れられない。
“一日に一つ、自分が恐れていることに挑戦しよう”
今週のトーストマスターのための準備として、私もそれに挑戦することに決めた。以下をご覧いただきたい。
月曜日
地下鉄で魅力的な女性に話しかける。周囲の人の視線と盗み聞きに耐えながら。 電話番号を手に入れる。
火曜日
起業の世界に大きく踏み込んでみる。自らの銀行口座と現在作成中のオンラインショッピングカートをリンクさせる。
水曜日
夜のロッククライミング。5.12に挑む。これは全神経を集中させなければ登れない。落下を厭わず、登り続ける。
木曜日
最初の3日間が終わる。月曜に地下鉄で会った女性に電話する。実際話しかけるより電話する方がナーバスになることに気づく。
金曜日
ハローウィンの夜。大勢の前でのダンス大会に参加する。まだ冒険的なことをするのは億劫になる。だからハローウィンでなくとも、アフロのかつらを被ってみることにする。
土曜日
女性向けのジャズファンクダンス教室に行く。男性は自分だけだ。セクシーな踊りを習う。
日曜日
一週間の中で一番タフな日になりそうだ。トーストマスターでの主要な立ち回りを買って出て、ミーティングを牽引する。長い間主要な役を担当してなかったからだ。
ヘレンケラーはこう言った。
安全とは大半は迷信である。自然界には安全は存在しないし、人の子なら皆、安全など経験しない。危険を避けたとしても、長い目で見れば安全ではない。危険に自らを曝すほうが安全だ。 人生とは大胆な冒険か、ゼロかのどちらかだ。変化に正面から立ち向かうことや今という運命の中を自由な魂のように生きることは、どんな苦境にも負けない強さを生む。
また、ティモシー フェリーズも以下のように述べた。
一番大事な行動とは決して楽なものではない。しかし自らをコントロールし、それに打ち勝つようになれる。
これらの言葉を踏まえてミーティングを始めたい。まずは私にとっての冒険であるテーブルトピックから始めよう。
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